2004年06月28日

目を閉じて、口を開き、耳を塞ぐ仕草。

おはようございます。
あ〜、なんか昨日今日は涼しくて過ごしやすいですね〜。
暑いのほんとにだめです、ぜんぜん。でも海に行くにはおひさまと暑さが重要な気もします。
人間って本当に欲張りですよね。

さて、Seesaaからのお知らせを読んだらシステムメンテナンスのお知らせが掲載されていました。
7月1日の 午前4時〜午前6時 、ブログ停止だそうです。マイブログのみってことは、閲覧は可能なのかな?

さて、今日はつれづれと書いてみます。
備忘-amnesia-さんのエントリ(現在は消去されています)に寄せて書かせていただいたコメントの内容を、もうちょっと自分で煮詰めてみたくなったので。
自分への戒めとともに、ここに記しておこうと思います。
ウェブ(www)は、誰かの意見を見るも、自分の意見を言うも、非常に容易に出来ます。
その容易さゆえに、それが開かれた公の場である事を忘れがちになります。
幾度も言われているように、自分のサイト(日記、Blog、掲示板等を含む)は自分の家ではありません。
ホームページ(HomePage)とは、単に自分がウェブを閲覧する際の起点となるページでしかありません。
例えば検索ページをブラウザの一番最初に見るページにする。
それが貴方のホームページです。意味合い的には駅のプラットホームのようなものを想像した方がより近い気がします。
利便性において、おそらく検索やリンクページ等をホームページにしている方が多いのではないでしょうか。

日本ではHP、ホームページというと「自分のサイト」を意味する事があり、ホーム(Home)という言葉ゆえに「私の家」、「私の部屋」、という発想が生まれてしまっているのかも知れないですね。
実際は駅のような公共的な場所、と理解すれば、自然と振る舞い方もどうあるべきか理解出来るかと思います。

ウェブに置かれるものは公にされた文章であり、それを閲覧するには理由など必要ありません。
無論相手を選ぶ事も出来ません。老若男女、果ては人種すらも。
そこにある情報をどう理解し、どう思われても、それは相手の自由なのです。
例え否定的なコメントが寄せられたとて、それすなわち暴言には当たりません。
なぜならば、それは誰かに見せる為に置かれたものであり、置いた以上はそのコンテンツに責任を負うというのが、常識であるからです。

「好きな人だけ見ればいい」
「不快なら見なければいい」
そう言う為にはコンテンツの説明文が必要でしょう。
例えば性的・暴力的な表現があれば年齢制限や注意文をトップに掲示するべきですし、検索避けのおまじないも必要ですよね。
そういった用意もなしに、見た人が悪いという態度を取るのがどういう事であるのかは、お分かりになろうかと思います。

快い言葉だけを聞きたい。否定的な意見なんていらない。
そう願うのならば、こうした公的な場所に置く事が自己のプライドを傷つける行為である事を自覚しなければなりません。
愛好される、否定される、拒否される、無視される。
どれも等分にある可能性です。
自覚した上で発表されるのであれば、その時は相応の覚悟で臨まれて下さい。

ウェブで何かを発信すること。
それを為した人は、多かれ少なかれ望まぬ反応を受ける事をになります。
その時、どう対処したかが重要で、実は発信した内容以上の評価を受けているのかも知れません。

評価を怖れては、文章や絵を書く(描く)事は出来ません。
噂を怖れては、日記(Blog)を書くことは出来ません。
沈黙を怖れては、何も発表出来ないでしょう。

それは、日常と同じように。

その四角い画面の先に、人がいて、自分と同じように自我をもっている事。
何より、生きている事を理解して下さい。

目を閉じて、口を開き、耳を塞ぐ。
自分の価値観を絶対視する事はそれに近い状態です。
傷つけられたくない、だから否定する。自分の思想、自分の作品、自分の魅力。それが全てであり、他の価値観など必要ないと。
それでは先に進めません。

日常においても、ウェブ上においても、誰かと接触する事は価値観のぶつかり合いになります。
好き、嫌い、楽しい、哀しい、嬉しい、寂しい。
そういった単純な感情ですら、ある時にはすれ違います。
ある一つの物を見た時に同じ感覚を得る、それすらも難しい。その感覚を伝え合う事も、また難しい。
それは容易に理解に達するとは限りませんが、意見を交換する途中でさまざまなものを得る機会を与えられます。
新しい意見を取り入れたり、思わぬ欠陥に気付いたりする事。それがどんなに素晴らしい事か。

世界を閉ざさないで下さい。可能性を潰さないで下さい。
傷ついてもそれが絶対なら、きっと残る物がある筈ですから。
目を開いて、耳を澄まして、そして誰かと語り合って下さい。
一方方向ではなく、双方向で。
少しの勇気で、世界は広がります。

関連記事:
私のサイトは私の庭?……ネットの公共性について
私のサイトは私の庭?……ネットの公共性について・2
posted by ひいらぎ at 12:00| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Posted by at 2005年03月06日 10:45
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